我思うゆえに我あり(デカルト)、たしかに自分の存在を証明することができるかもしれません!
しかし、自分の存在理由を証明できたとは言えないでしょう。
自分の存在理由を証明してくれるのは、むしろ自分ではなく他人なのです。
大切な人が、「あなたはここにいていい」と自分を認めてくれることで、存在の意味を感じます。
これは、あなた自身も大切な人の存在理由になっていると言うことです。
例えば、お子さんがいる方であれば、子供の笑顔が自分の幸せと感じるはずです。
それは、大切な人の幸せが自分の幸せになるということです。
お互いの幸せを願いあえる存在、相手の幸せが自分の幸せだと感じてくれる大切な人を見つけてください。
そんな相手がいなければ自分の存在する理由が見えなくなります。
自分が元気な時はよいかもしれませんが、孤独に絶えて生きていく事は難しいでしょう。
相手が思ってくれるから自分がいるのです。
理事長 長谷川文徳記事に〝good〟してね (^_-)-☆
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